第4話(1)

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時は流れていく。俺の意志とは無関係に。季節も移り変わっていく。

寒さがしみる季節がついに到来した。あの日から3年が経った。

知子の手術の是非がわかる日がついに来るのだ。

明昌大学もついに冬休みを迎えた。俺は渡米するための身支度を始めた。

渡米というほど大げさなものではない。今回は観光ではなく約束を果たすため

だから。俺は誰にもつげることなくボストンバッグを担いだ。なにもなく閑散

とした自分の部屋を何気なく眺める。俺のPCが置いてある机の横に立てている

写真立て。俺が高校2年のときに知子ととった2ショット写真だ。眩しい笑顔で

俺たちは思いおもいのポーズをとってカメラにむかっていた。変色した写真が

セピア色に色褪せていく。時間が経つにつれ鮮明だった楽しかった思い出も

色褪せていくのだろうか。俺はニット帽を目深にかぶりドアを開けた。

 ふと昨日のレナの言葉を思い出す。実の両親だと信じていたその事実が

突然崩れたとき人はどういう反応を示すだろうか。俺がそういう立場にたったら

おそらく今までのスタンスを貫き続ける自信はない。

俺があの夜、東京湾に連れて行ったときにいった言葉がよかったかはわからない。

「今は知子のことだけ考えよう。」俺は無数の雑念を振り払うかのように自分に

言い聞かせた。筋萎萎縮症について宮元主治医から聞いたことを思い出した。

宮元医師は俺にこういった。

「この病気は主に脊髄から筋肉に至る部位の運動神経が破壊される、原因不明の疾病です。大脳からの命令が筋肉に伝わらず、筋肉が働かないために萎縮し、また徐々に麻痺します。個人差がありますが、数ヵ月から数年の間に徐々に全身が麻痺します。 」

なにがなんだかわからなかった。ただ頭にあるのは知子は助かるのかとい言葉だけが俺の頭の

中を渦巻いていた。成田空港に俺は向かった。JAL15便、ニューヨーク行き。

15時間ほどかけて空港へ降り立つ。

そして知子が治療を受けているハーバード大学へいくため、地下鉄でマサチューセッツ

州にあるケンブリッジへとむかう。大学の中核はボストン近郊ケンブリッジCambridgeのハーバードヤードHarvard Yardを中心とするケンブリッジキャンパスである。

メディカルスクールや大学院もあり非常に優秀な人材が揃っている。すべてを賭けていた。

 時差の影響でボストン入りしたときには真夜中になっていた。予約しておいたモーテル

へ俺はチェックインする。色とりどりに彩られたネオンライト。まさに人種のるつぼだ。

白人、アメリカ系黒人、ヒスパニッシュ様々な人間がストリートを徘徊している。

 みなアジア人の俺には無関心だ。というよりも外国人だらけのアメリカは共存という

感覚が普通なのであろう。島国である日本では日本人しかいないから外国人をついつい

みてしまうが。

なんとも粗悪な夕食をだされて俺はなんともいえない表情で食べていたろう。

コンビニらしきものでも店員はふんぞりかえって無愛想。日本ではありえない光景だ。

これでサービス業をやっているのだからすごい。というより日本が他国にKAROUSHIと表現されるくらい働きすぎなんだと俺は思った。

 キャンパスにはいるとジョン・ハーバード像があった。厳かな外観。この足先に触れば

幸せが訪れるという言い伝えがあるそうだ。俺は藁にもすがるおもいで足先に触れる。

そしてメディカルスクールへとむかう。ここは大学院で医学の最先端を学ぶものが通って

いるところだ。

 俺は東都大学医学部の高橋教授から紹介された、Drコヴィー氏はいるかどうか受付

で聞いた。こころよい応対で奥の応接室へと通された。コヴィー氏は笑顔で俺を迎え

てくれた。「Please、Sit Down. Dont Worry.」博士はそういってくれた。

図などを使っていろいろ説明を受けた。博士の顔がしだいに険しくなっていくのが読み取れた。最先端の手術を試みたが経過は芳しくないようだ。「May I meet her?」

俺は片言の英語でそういった。博士は助手に部屋を案内するように言った。

 案内された場所にはこう書いてあった。ICU。テレビでみたことしかない光景を

目の当たりにして俺は息が詰まりそうになる。集中治療室だ。

分厚い扉を助手が開ける。その扉が閉まるとき外界から遮断されたような感覚がした。

点滴のぽとっぽとっという音、心電図の音すべてが一定のリズムを打つ。

 「知子・・・」俺は弱々しく言った。彼女はすっかりか細くなって酸素マスクを

つけていた。これがあの知子?3年という時間がいままさに暴力的にすら思える。

時間というイタズラな罠が彼女をどんどん弱らせていく。

俺はベッドの横までいってかがんで言った。

「知子。わかるか?俺だ。ハルだ!」俺は知子に伝わるように言った。

知子は眠ったまま反応がない。助手がそれを見かねてこう言った。

「She has been slept since three months ago.」

俺はそれを無視して手を握った。

それは機械のように冷たい。生命が宿っていないかのような冷たさだ。

たしかに心臓の鼓動は聞こえるが生きている証が見当たらない。

いったいこの3年間で彼女はどのような扱いを受けてきたというのか。

1時間。2時間。3時間。俺はその病室に居続けた。

5時間後、博士が病室にはいってきてこういった。知子がまだ元気なとき、

ハルはどうしてるかってよくいっていたよ。また出雲の水平線を二人でみに

いくんだ。って。そこではじめてのキスをするんだってね。博士は微笑みながら

言った。深夜になっても俺はそこに居続けた。なにかに取り付かれたように

ただそこに居た。



俺がうたた寝をはじめたころだったろうか。

ふいにか細い声が俺の耳をかすめる。

「・・・・る?・・・・ル?」

俺は眠い目をこすりながらなんだろうと目を覚ます。

「・・・なの?ハルなの?」

俺は一気に覚醒する。知子がしゃべっているのだ。

ついに目を覚ましたのだろうか。

「ともこ?」俺は彼女にささやいた。

「ハル。。」彼女は優しい微笑みを浮かべていた。

顔の表情筋はまだ健常であった。昔のままの面影が浮かび上がる。

「春樹。。会いたかった。」知子はそういった。

俺は言いたいことがありすぎて何もいえなかった。

ただ手を握り締めることしか。ただ傍にいることだけしかできなかった。

                              To be continued……

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